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朝靄の煙る森の中、一つの塔があった。 かなり古いものらしく、外壁は雨風に削られてところどころがはがれていた。既に枯れ果てたツタの葉が未練がましく壁に 張り付いていたが、それも日に日に落ちつつある。周りを取り囲む木々の高さをはるかに超すほどの巨大な塔であるだけに、 その荒廃した様子を見る者があればさぞ遺憾に思うことであろう。人が足を踏み入れぬ地にあるこの巨塔は、いつも見る人も なく孤独に佇んでいた。 少女は森の中、塔の方を振り返った。 外套を着ているとはいえ、早朝の空気は冷たく少女の白い小さな手を赤く染め上げていた。少女は両手を口元に当てて 温かい吐息を吹きかけた。すぐに冷たくなってしまうことは充分承知しているのだが、少しでもぬくもりが欲しかった。 少女は何度も何度も手を温めようと試みては塔を見遣った。 少女の頬を、温かいものが伝った。 それはすぐに冷えて冷たくなり、少女の体温をさらに奪った。少女は外套の袖で涙を拭うと、塔に背を向けて足を踏み出した。 途中、何度か少女は足を止めた。 それでも振り向こうとする自分を抑えるように、少女はその都度重く感じる足を前に出した。これでいい。もう味わう ことが出来ない温もりをいつまでも思い続けるわけにはいかないから。少女は頭の中で、何度も同じ台詞を吐いた。 森を抜けたところで、少女はそっと 後ろを振り返った。朝靄の所為なのか、塔はぼやけた影をわずかに残すだけで、もうよく見えなかった。 「さようなら、お父さん……」 白い空の下、少女がつぶやいた 言葉は静寂の中に消えた。 |